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研ぎ職人の経験と修理と

堺の庖丁研ぎ職人は、鍛冶屋さんが作った庖丁の生地を、研いで歪みを取って
鋭く仕上げていきます。 庖丁研ぎの原点は、ココにあって刃研ぎ職人さんが
後々の事を考えて研がないと、ユーザー(調理師さん)は上手く研げません。

まあまあそれは、置いといて。。。

いやいや、置いとかなくて。。

研ぎ職人さんは、最初から庖丁に刃を付けてるので、ど~してそうなるのか?
を知っているのです。知っているからこそ、的確な修理が出来たり、何が原因で
形が崩れたのか、刃が綺麗に付かないのかが解るのです。

この解るとか解らないとか言う話は、アレコレ試行錯誤してきていないとダメなようで、
失敗や成功を繰り返して、経験を積み上げてきたんだと言う話を、今日聞きました。
調理師さんからの意見も相当広く聞き回ったようで、その話もイロイロ教えてもらいました。

なんていうか、時代を超えて色々な事情を知っているだけに、説得力もあり、納得させる
理論?考え?思い?を持っていて、僕もそうなりたいと思うのでした。

そうなると、鍛冶屋さんから上がった生地を、自身で刃付けをしてみる事が必要か?
っと思ってきました。 今現在で、そんな時間は到底無いので、落ち着いたら門を叩いて
みようかと目論んでいます。 あんまし深く入り込まない程度にしないとデス(笑)

  • 2010-11-18

我々料理人の世界とは違うかも知れませんが

青木さんの将来的には、やってみる価値はあるのではないかと愚察します。

 たとえば、「出し」。我々の世界ではこれは料理の大元です。それは、日本料理だけではなく、世界の全ての国々の料理体系の基本中の基本です。

 ですが、その「出し」は昆布と鰹節だけで採ったものだけが日本料理の場合、絶対なのでしょうか?
 
 私は違うと思います。

 もうすぐ、いつお迎えが来てもおかしくない年齢に達した今、私はこの「基本」に修正を加えたくて仕方ありません。

 「絶対」を尊重して「絶対」を疑え。これが今の私の「生きる意味」かも知れませんね。


Re: 我々料理人の世界とは違うかも知れませんが

コメントありがとうございます。

お、奥が深いです。。

出汁に関しては、イタリアにて奮闘中の調理師さんから少し聞いた事があります。
和食において煮方の仕事がとっても重要だと。。 

ベテランの方は(どの世界でも)基本や軸を持っていて、そこから枝(えだ)を出すように
お試し、実験、挑戦をされているように思います。
絶対的な物を持っていながら、「もしかして?ニヤリ」と言う感じで広がって行くのかな?
っと考えています。 その繰り返しが続くので、どんどん進化して行くんだと今は思っています。

あの土井敬次郎氏も技術や経験の上で、自他共に認める名工と言う立場になっても、
「今回はね~」とか大きく外れない範囲で新しい事に挑戦されています。
死ぬまで勉強と言うのは、そういう事なのかと考えているのです。

また、色々な事を教えて下さい。

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